リンパ系糸状虫症(フィラリア症)

リンパ系糸状虫症(フィラリア症 lymphatic filariasis)とは、糸状虫という寄生虫が引き起こす感染症の一種です。

この病気は、主に熱帯・亜熱帯地域で流行しており、感染した蚊を介して人から人へと感染が拡大。

世界保健機関(WHO)の推定では、全世界で約1億2000万人がリンパ系糸状虫症に感染していると報告されています。

ここでは、リンパ系糸状虫症(フィラリア症)について詳しく解説していきましょう。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)の種類(病型)

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)には、複数の種類があり、それぞれ特徴的な症状を示します。

バンクロフト糸状虫症

バンクロフト糸状虫症は、リンパ系糸状虫症の中で最も一般的で、リンパ管や所属リンパ節が主な標的となります。

炎症反応や閉塞が生じることで、患部の腫れや変形などの症状が現れることも。

特徴詳細
原因となる寄生虫バンクロフト糸状虫
主な感染経路蚊の刺咬
地理的分布熱帯・亜熱帯地域

マレー糸状虫症

マレー糸状虫症は、リンパ系糸状虫症の中でもまれな種類で、皮膚組織内のリンパ管が主な標的となります。

炎症反応や閉塞が生じ、皮膚の腫れや硬結などの症状が現れる可能性が。

ロア糸状虫症

ロア糸状虫症は、アフリカの一部地域で見られるリンパ系糸状虫症の種類です。

この種類では、皮下組織が主な標的となり、 移動性の腫瘤や眼症状などが特徴的な症状として挙げられます。

  • ブルギア
  • マライ
  • ブルギア
  • チモリ
  • ウーケレリア
  • ボーコフティ
種類主な感染地域
バンクロフト糸状虫症熱帯・亜熱帯地域
マレー糸状虫症東南アジア
ロア糸状虫症アフリカの一部地域

オンコセルカ症

オンコセルカ症は、アフリカや中南米の一部地域で見られるリンパ系糸状虫症の種類です。

皮膚や眼の症状が主体で、皮膚の炎症反応や色素沈着、眼症状などが特徴的な症状として挙げられます。

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)の主な症状

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)は、感染後、さまざまな症状が出現しますが、初期段階では自覚症状がはっきりしません。

急性期の症状

感染初期の急性期には、発熱、リンパ管の炎症、リンパ節の腫れや痛みなどが見られます。

特に、下肢や陰部のリンパ管やリンパ節が侵されやすく、患部の腫脹や疼痛を伴うことが。

症状概要
発熱38~40℃程度の高熱が数日間続くことがある
リンパ管炎リンパ管の走行に沿って紅斑、腫脹、圧痛が生じる
リンパ節炎リンパ節の腫大、圧痛が見られる

慢性期の症状

急性期を経て慢性期に移行すると、以下のような症状が徐々に現れてきます。

  • ・陰嚢水腫:陰嚢が液体貯留により腫大する
  • ・乳糜尿:リンパ液が尿中に混じり、尿が白濁する
  • ・四肢のリンパ浮腫:手足のリンパ液のうっ滞により腫れが生じる

中でも、下肢のリンパ浮腫が進行した場合、象皮病と呼ばれる状態になり、下肢が著しく腫大し、皮膚の肥厚や硬化が生じるため、歩行などの日常生活に支障をきたします。

部位慢性期の症状
下肢リンパ浮腫、象皮病
陰部陰嚢水腫、陰部リンパ浮腫
上肢リンパ浮腫(まれ)

その他の症状

リンパ系糸状虫症では、全身倦怠感や食欲不振などの非特異的な症状も伴うことがあります。

また、二次的な細菌感染を併発した際は、発熱や患部の発赤、腫脹、疼痛などが起こることも。

リンパ系糸状虫症の症状は、感染後の経過とともに変化していきます。

初期には自覚症状がはっきりしないものの、徐々に特徴的な症状が現れるため、流行地域での生活歴がある際は注意が必要です。

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)の原因・感染経路

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)の原因となる寄生虫の種類と、主な感染経路についてみていきます。

原因となる寄生虫

リンパ系糸状虫症の原因となるのは、糸状虫という寄生虫です。

主な原因となる糸状虫

  • バンクロフト糸状虫
  • ブルギア
  • マライ
  • ブルギア
  • チモリ
  • ロア・ロア

いずれも人体内で成虫となり、リンパ系に寄生することで症状を引き起こします。

糸状虫の種類主な感染地域
バンクロフト糸状虫世界の熱帯・亜熱帯地域
ブルギア属の糸状虫東南アジア
ロア・ロアアフリカの一部地域

主な感染経路

リンパ系糸状虫症の主な感染経路は、感染した蚊からの吸血です。

感染した人の血液中にいる幼虫(ミクロフィラリア)を、蚊が吸血することで体内に取り込みます。

蚊の体内で幼虫が発育し、感染力を持つ状態になると、その蚊が別の人を吸血する際に、幼虫が人体内に侵入することで感染が成立することに。

感染経路詳細
蚊の吸血感染した人の血液中の幼虫を蚊が吸血し、別の人に感染させる
母子感染まれに、感染した母親から子供へ感染することがある

感染リスクの高い地域と環境

リンパ系糸状虫症の感染リスクは、特定の地域や環境で高くなります。

  • 熱帯
  • 亜熱帯地域
  • 蚊の生息地が多い地域
  • 衛生環境が整っていない地域

これらの地域や環境では、感染した蚊との接触機会が増えるため、感染リスクが高まるのです。

感染予防の重要性

リンパ系糸状虫症の感染を予防するためには、蚊に刺されないような対策を講じることが大切です。

蚊帳の使用や、防虫剤の使用、長袖・長ズボンの着用などが有効とされています。

特に、感染リスクの高い地域に滞在する際には、予防策を徹底しましょう。

検査方法

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)の正確な診断のためには、流行地域への渡航歴や症状などの臨床情報を考慮しつつ、検査方法を選びます。

血液検査

リンパ系糸状虫症の診断には、血液検査が不可欠です。 特に、夜間に採取した血液を用いたミクロフィラリア検査が有用とされています。

検査法概要
ミクロフィラリア検査夜間採血した血液中のミクロフィラリアを顕微鏡で直接観察する
抗原検査虫体由来の抗原を検出する(現在は主流)
PCR法虫体のDNAを増幅して検出する

画像検査

画像検査は、リンパ系の異常を評価するために行われます。

超音波検査やリンパ管シンチグラフィーなどが用いられ、リンパ管の拡張や閉塞、リンパ節の腫大などを確認。

検査法概要
超音波検査リンパ管や陰嚢などの腫大や液体貯留を評価する
リンパ管シンチグラフィーリンパ流の障害や逆流の有無を評価する
MRI検査リンパ管の走行や閉塞部位を詳細に評価する

その他の検査

さらに、以下のような検査が実施されることもあります。

  • ・尿検査:乳糜尿の有無を確認する
  • ・病理検査:象皮病の皮膚生検で皮膚の肥厚や線維化を評価する
  • ・免疫学的検査:寄生虫に対する抗体を測定する

リンパ系糸状虫症の検査では、血液検査が診断の中心です。 また、病期や合併症の評価のために画像検査や他の検査を組み合わせます。

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)の治療法と処方薬

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)は、治療を行うことで症状の改善や進行の抑制が期待できる感染症です。

抗寄生虫薬による駆虫療法

リンパ系糸状虫症の治療の中心となるのは、抗寄生虫薬による駆虫療法です。 体内の糸状虫を排除することで、症状の改善や進行の抑制を図ります。

代表的な抗寄生虫薬

  • ジエチルカルバマジン(DEC)
  • イベルメクチン
  • アルベンダゾール

これらの薬剤は、単独または併用して使用されます。

薬剤名主な作用
ジエチルカルバマジン(DEC)成虫および幼虫に対する駆虫効果
イベルメクチン幼虫に対する駆虫効果
アルベンダゾール成虫に対する駆虫効果

抗菌薬の併用

リンパ系糸状虫症では、二次的な細菌感染を合併することがあり、抗菌薬の併用が必要となることがあります。

代表的な抗菌薬は、ペニシリン系やセフェム系の薬剤です。

対症療法

リンパ系糸状虫症では、リンパ浮腫などの症状に対する対症療法も大切です。

リンパドレナージやストッキングの着用などの物理的療法や、場合によっては外科的治療が行われることも。

対症療法内容
リンパドレナージリンパ液の流れを促進する物理的療法
弾性ストッキングの着用浮腫の軽減を目的とした圧迫療法
外科的治療重度のリンパ浮腫に対する外科的な処置

治療に必要な期間

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)の治療に要する期間は、病期や合併症の有無などによって異なります。

急性期の治療期間

急性期の治療では、抗寄生虫薬のジエチルカルバマジン(DEC)が使用され、 DECは、通常、1日1回、12日間連続で内服します。

薬剤名投与量投与期間
ジエチルカルバマジン(DEC)体重1kgあたり6mg12日間

慢性期の治療期間

慢性期の治療では、陰嚢水腫や象皮病などの合併症に対する治療が中心となります。

  • ・陰嚢水腫:外科的治療(陰嚢水腫根治術)を行う。術後は数週間の経過観察が必要。
  • ・象皮病:圧迫療法やリンパドレナージなどの理学療法を長期間継続する。数ヶ月から数年の治療期間を要する。
合併症治療法治療期間
陰嚢水腫外科的治療数週間
象皮病理学療法数ヶ月~数年

再発予防の期間

再発予防には、年に1回のDEC内服が必要で、 WHOが推奨する予防投与期間は、少なくとも5年間です。

予後と予防

リンパ系糸状虫症の治療が終了した後も、予後の観察と再発予防に取り組むことが大切です。

治療後の予後

治療終了後、多くの患者さんでは症状が改善し、良好な予後が期待できますが、一部の患者さんでは、慢性的な合併症が残ることがあります。

合併症予後
リンパ浮腫完全に消失することは稀で、長期的な管理が必要
陰嚢水腫外科的治療後も再発することがある
象皮病皮膚の変化は不可逆的で、継続的なケアが必要

再発予防の重要性

治療後も、再感染や再発を防ぐために、予防措置を講じることが不可欠です。

再発予防に有効な取り組み

  • 定期的な薬剤投与(年1回のDEC内服など)
  • 蚊帳の使用や長袖
  • 長ズボンの着用による蚊刺れ防止
  • 居住環境の改善(蚊の発生源となる水たまりの除去など)

長期的なフォローアップ

治療後は、定期的な検査やフォローアップを受けることが大切です。

フォローアップ項目目的
身体診察リンパ浮腫や皮膚症状の評価
血液検査再感染の有無や治療効果の判定
画像検査リンパ管の状態や陰嚢水腫の評価

リンパ系糸状虫症(フィラリア症)の治療における副作用やリスク

フィラリア症(リンパ系糸状虫症)の治療は、患者の症状緩和や生活の質の改善に欠かせませんが、治療に用いられる薬剤には、副作用やリスクの可能性があります。

抗寄生虫薬の副作用

リンパ系糸状虫症の治療に用いられる抗寄生虫薬は、時として副作用を引き起こすことがあります。

代表的な副作用

  • 発熱
  • 頭痛
  • めまい
  • 嘔気・嘔吐
  • 腹痛
  • 発疹

副作用は、多くの場合一過性ですが、症状が強いときには治療の中断や変更が必要となることもあります。

薬剤名主な副作用
ジエチルカルバマジン(DEC)発熱、頭痛、めまい、嘔気・嘔吐
イベルメクチン発疹、掻痒感、発熱、倦怠感
アルベンダゾール腹痛、嘔気・嘔吐、めまい、頭痛

アレルギー反応のリスク

抗寄生虫薬に対するアレルギー反応が生じる可能性も否定できません。 アレルギー反応が疑われる際には、速やかに医療機関を受診し、適切な処置を受けることが大切です。

感染の再燃リスク

治療後も、感染の再燃リスクが完全に排除されるわけではありません。

特に、感染リスクの高い地域に居住したり、再度感染リスクのある行動をとったりする際には、注意が必要です。

リスク因子内容
感染リスクの高い地域への滞在感染が流行している地域への旅行や居住
感染リスクのある行動感染源となる蚊との接触、感染者との濃厚接触

保険適用・治療にかかる費用

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

保険適用の状況

フィラリア症の治療に用いられる薬剤の多くは、健康保険の適用対象です。 ただし、適用の条件や範囲は薬剤によって異なる場合があります。

また、一部の薬剤では、保険適用外の使用法もあるため、事前の確認が欠かせません。

薬剤名保険適用の有無
ジエチルカルバマジン(DEC)適用あり
イベルメクチン適用あり(条件付き)
アルベンダゾール適用あり(条件付き)

治療費用の目安

フィラリア症の治療費用は、症状の重症度や治療期間によって異なります。 一般的な治療費用の目安は以下の通りです。

  • ・外来治療(月1回の通院):1万円〜3万円程度/月
  • ・入院治療(2週間程度):30万円〜50万円程度
治療内容費用の目安
診察料3,000円〜5,000円/回
検査費用5,000円〜10,000円
薬剤費5,000円〜20,000円/月

高額療養費制度の利用

治療費が高額になる際、高額療養費制度を利用することで自己負担額を抑えることができます。

この制度は、月ごとの医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合、超過分が支給される仕組みです。

上に記載した治療費より高くなることもございますので予めご了承ください。 また、保険適用の可否は診察時に担当医師に直接お尋ねください。

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